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プロフェッショナルやさいの流儀・戦後70年特別編〜【前編】戦争が進路を決めた
突然ですが…今年は戦後70年ということで、自分が聞いた戦争経験者のお話をUPします。
*これは2013年の「プロフェッショナルやさいの流儀」展
「取材写真アルバム」に入れてた文章と同じものです。

板木利隆先生(農学博士・板木技術士事務所)のお話です。
詳しいプロフィール→ http://jv-ikubyou.com/12komon.html
以前「プロフェッショナルやさいの流儀」で取材させていただいた記事はこちらです
http://petitmatch.exblog.jp/17333610/
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【前編】戦争が進路を決めた
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1929年(昭和4年)、島根県生まれ。
昭和恐慌の始まりの年に生まれる。
小学校の時に第二次世界大戦(1939年−1945年)が始まる。
とにかく食料がない時代。
農業高校に行けば食べ物を確保できると思ったこと、
それが、農業への道の始まりであった。

島根県立出雲農林高等学校へ進学。(当時は5年制)

当時は就職口といえば、兵隊だった。
農業高校からの就職・進学先としては、軍事用の馬の生産の必要があったため、
畜産分野に行く道があった。
帯広獣医畜産専門学校(現・帯広畜産大学)の学長が、島根県出身であったことから
進学を勧められていたため、推薦入学で帯広獣医畜産専門学校に進学するつもりでいた。
そもそも学徒動員もあり、2年生までは授業があったが、3〜4年生のころはほとんど授業もなく
ずっと働いていたので、進路について深く考える余裕もなく、
ほかに選択肢も考えられない状況であった。
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そんな中、4年生の時、1945年8月15日に終戦となった。
繰り上げ卒業することになり、受験勉強などしていなかったのに、
突然、翌年4月入学のための入学試験を、
翌年3月に受験しなければならなくなった。
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その年の大学(上級学校)入試は、高校卒業生に加え、
戦争から戻ってきた軍人(社会人)や、
士官学校の卒業生も受験する、激戦であった。
戦争も終わったので、近いところがいいと思い、
受験した鳥取農林専門学校(現・鳥取大学農学部の母体)の倍率は、23倍。
陸軍士官学校、海軍兵学校、経理学校等を卒業し、
軍隊でバリバリ働き、英語もできる人たちに、
普通の高校生が学力で勝てるわけがない。
現役の高校生はほとんど受からなかった。板木先生も、受験に失敗。
翌年再度受験し、千葉農業専門学校(現・千葉大学園芸学部)に合格。
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ところが…当時は戦後で食べ物がない。
東京の近くの千葉なんて行ったら、食べ物がなくて困るんじゃないかと
親戚一同に心配された。

千葉農業専門学校で、野菜を専攻する。
野菜を専攻したのは、「食べられるものがいい」と思ったことと、いい先生がいたから。
苦しい時代ながらも、学生時代は何十種類ものアルバイトをしたり、
友達にも恵まれ、苦しき中にも楽しい学生時代だったそうです。

卒業後、千葉農業専門学校の助手を数年やったあと、
昭和29年(1954年)神奈川県園芸試験場へ。


【後編に続きます】

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私が小さい頃にはまだ、
「戦争で、銃で足を撃たれて、足が1本になってしまった人」など、
「物理的に・具体的に」戦争で傷ついて、生きのびて、
その後、普通にお店などで働いてた人が、普段の生活の中で目に入る範囲にいました。
私の祖父母も、戦争経験者です。
ですので、直接見て、聞いて、「戦争の傷あと」を感じることができたと思います。
しかし今は、その世代の方々の多くは亡くなってしまいましたし、
普通の生活からは、戦争を「現実のもの」として
捉える事ができない人が、増えて来ているのかなあ と感じる今日このごろです。

義務教育で教えてるはずなのに、「実感として」日本で戦争があったことを
わかっていない人が、増えているように感じるのです。

板木先生の戦争経験のお話は、あくまで「板木先生が大事にしていること」
を知るためにお伺いした、ご自身の半生のお話が元になっており、
「戦争経験の話」としてお伺いした話ではなかったのですが、
大学受験の話があるので、若い人にも、身近に感じられるお話ではないかと思いました。
戦争経験者がどんどんいなくなっている今、このお話を
自分のなかにしまっておくのは、もったいないと思いましたので、
今回板木先生のご許可も得て、ブログにUPしてみました。
by petit_montre | 2015-01-17 02:26 | 展示
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