人気ブログランキング | 話題のタグを見る
<< 川本三郎「マイ・バック・ページ... 「ゼクシィ」2012年1月号... >>
2001年の夏休み
2001年の夏休み_f0134538_024544.jpg

私の大学の卒業制作は、今はもうない、東京大学の駒場寮という、
古い建物の写真&インタビュー集でした。
これは、わりと評判がよくて、
その年の「日本カメラ」の卒制特集でも、とりあげてもらいました。
しかし、その頃の私は、非常に突っ張っていて、小生意気にも、「写真に絶望した」
ような気分になっていたのです。

理由は主に2つあって、
1・全然思ったように撮れない。
写真というのは、客観的なものが撮れるわけではなくて、
その人の視点というか、フィルタがかかってしまう。もっと複写、記録写真みたいな写真が撮りたかった。
(今思えば、当たり前のことだし、むしろそれが作家性なんだと思うけど、
そういうのが、ものすごく生理的に嫌だったし、納得がいかなかった)
2・オートで撮っていたから、結局誰が撮っても同じなのではないか。
結局、写真の魅力とは、写真そのものではなく、被写体自体の魅力なのではないか?
(この疑問は、よくよく考えれば、1によって解決するはずなのですが、その頃の自分は、それで納得できなかったのであります。)
と思い込んで、自分が駒場寮の写真を発表する意味は、無いと思っていた。

なので、日本カメラ掲載時の説明にも、以下のように書いた。
「今年の五月にはじめて駒場寮を見たとき、これはいつか写真に撮らなければならないと思いました。
たくさんの人に話を聞けば聞くほど、『写真』では真実を写しとれない、ということを痛感しました。
私が感じているこの空間をできる限り記録したいと思い、寮生の人にインタビューをし、ビデオを撮りました。
展示会場では、会場のインテリア、照明にも気を使い、
写真集をカフェで読んでいると、奥のモニターからシュピレヒコールが聞こえてくる…というように、
空間全体での表現を試みました。
しかし所詮写真なんて、何かの一部分しか捉えられない、無力なものなのだ、
大事なのは体験することで、感じることなのだ、と強く思いました。」
(原文ママ、これは今でも、本当にそう思う)

そんなわけで、この写真集は、封印することにして、見たいという人
(古い建物が好きな人とか、駒場寮関係者など)に見せるだけにしていた。

その後、いろいろあって、そのうちの一枚を、「されどわれらが日々」の表紙に使ってもらうことになった。

されどわれらが日々― (文春文庫)

柴田 翔 / 文藝春秋


その頃も、気持ちはもやもやして、どうしていいのかわからないままであった。
そして数年がたった。

そして結局、最初に写真を撮った時から、10年がたった。

なんで今さら、昔のことを書こうという気持ちになったか?




…書こうと思ったけど、既に、すごく長くなってしまったので、また明日更新します。

この文章は、自分の頭の中を整理するために書いているので、ごちゃごちゃしていると思います。
後日うまく編集するための、素材として、言葉を残していきたいと思っています。

つづく
by petit_montre | 2011-11-26 01:28 | 写真
<< 川本三郎「マイ・バック・ページ... 「ゼクシィ」2012年1月号... >>